夢が織りなす魂のブループリント:私を導いた宇宙の愛の物語

これは、私が歩んできた内なる旅、そして現実世界で今まさに展開している壮大な物語です。
半年間にも及ぶ夢の分析が、私自身の深い癒しと成長、
そして人生の使命へと導いてくれました。
それは、まるで宇宙からの緻密な「魂のブループリント(設計図)」を
紐解くかのような、驚くべきシンクロニシティに満ちた道のりでした。
第1章:疲弊と内なる「ブレーキ」の発見
私の人生は、約30年間、医療機関で助産師として
命がけで命を守る現場に身を置いてきました。
その経験は尊いものでしたが、心身はひどく疲弊し、
定年を機に、一旦助産の現場を離れることを決意しました。
もう病院では働かない。そう心に誓い、これまでの経験で痛感した
「母と子の心のケア」を追求するため、
ヒプノセラピーやヒーリング、心理セラピーの講師として、新しい道を歩み始めました。
そんな時、一つの夢を見ました。

文化会館での講演会に参加しようとしたものの、財布はボロボロで小銭しかなく、
結局参加できない。
受付の人が「マトリックス」という言葉をくれたものの、
講演が始まってしまったから受けなくてもいいか、と諦めかけたその時、
ふと市役所の駐車場に置いた車の中に忘れ物をしたことを思い出し、取りに帰るという夢です。
この夢は、当時の私の心境をあまりにも鮮明に映し出していました。
ボロボロの財布は、命を削るような働き方で疲弊しきった私のエネルギー状態。
講演会に参加できないのは、その状態では新たな学びや可能性を
受け入れる準備ができていないことを示していました。
しかし、ここで登場した**「マトリックス」**という言葉が、この夢の、
そして私の人生の鍵となります。
ラテン語の「母」を意味する「mater」に由来し、母体、基盤、
何かを生み出す背景となるものを意味するこの言葉は、
単なるSF映画のタイトルではありませんでした。
それは、疲弊する働き方という古い「マトリックス」から抜け出し
、私の夢を実現するための「母なる基盤」、
つまり行政という新しい舞台があることを示唆していたのです。
そして、「市役所に忘れ物を取りに帰る」という行動。
これこそが、私の魂からの明確なメッセージでした。
私は、管理職として行政との繋がりがあったにも関わらず、
どこかに「得体の知れないブレーキ」がかかり、その道を避けていたのです。
この夢は、そのブレーキの存在を私に認識させ、
行政こそが、私の魂の「忘れ物」である使命を取り戻す場所なのだと教えてくれました。
第2章:心の傷の癒しと「いのちの営み」の真理
行政での新しい道を歩み始めた私は、夢を通して、
自己愛の深いプロセスへと導かれていきました。
それは、幼い頃の根源的な心の傷から始まり、長年の疲弊によって閉ざされていた
心の扉を開いていく旅でした。
私の最も古い夢は、どこまでも続く長い1本道をたった一人で淡々とただただ歩くという夢です。
その風景は色彩が乏しく薄いモノトーンの古い映画のようなものでした。
夢の中で見たこの景色の中を幼い頃この現実の中でひたすら歩いていたという微かな記憶も確かにあります。
また私は偶然幼い頃に両親の寝室を目撃し、ショックを受けたことがあります。
5歳までの記憶だと思うのですがその光景は「見てはいけないものである」と感じました。
更に私が生まれた時男の子を望んだ父から
「女の子は要らないから親戚の子供に恵まれないご夫婦に養子に出したい」と話したと
のちに母から聞かされ「父に見捨てられた、拒絶の傷」があったことも思い出しました。
これらの幼少期の経験から私は「一人で生きる決意」をしたのです。
この心の傷は、私の中に「親密さ」や「繋がり」、そして「いのちの営み」に対する
深い隔絶感とブレーキを生み出していました。
しかし、夢は私を深く癒していきました。

- アレンデール城の夢:
娘が先天性心疾患を抱えていたことで、
私は「健康で産んであげられなかった罪悪感」や「育児中の孤独感」という
「凍りついた孤独」を抱えていました。
娘の心臓の「穴」は、幼い頃のトラウマからくる
「つながりの隔たり」と共鳴しているようでした。
この夢の中で、娘と分け合った**
「真っ白で柔らかく、想像以上に美味しいイカ焼き」は、
過去の苦しみが愛と分かち合いによって癒され、
純粋な喜びへと変容したことを象徴していました。
「俯瞰視点」で城を捉えられたことで、個人的な苦しみを越え、
すべての経験を客観的に受け入れられるようになりました。
これは、「自己受容」**のプロセスです。

- ベリーダンスの夢:
泥だらけの靴を投げられた後に見たベリーダンスは、
幼い頃に歪められた「いのちの営み」への認識を、
本来の神聖な姿へと再定義する転換点でした。
「子どもを望んだのはエゴではなく、神に誓った祈りであった」という気づきは、
私自身の女性性、そして命を育む力という根源的な価値を深く
**「自己尊重」**することへと繋がりました。

- 過去生の夢:
ネイティブアメリカンのシャーマンの夢は、
憎しみや悲しみといった個人的な感情を超え、
**命そのものの尊厳を「自己肯定」するプロセスを示しました。
彼が白人の子を抱く女性に畏敬の念を抱いたように、私もまた、
いかなる状況下の命も尊いという普遍的な真理へと導かれました。
この夢は、ネイティブアメリカンの思想である
「出産や子育ては共同体全体の営みとして、神聖な意味合いを持つ」
**という真理が、私が行政という社会の中で働くことの
深い意味を指し示していることを教えてくれました。

第3章:魂のブループリントへの「アクセス」と使命の具現化
自己愛のプロセスを通して、私の魂は深く癒され、本来の力を取り戻していきました。
そして、この変容は、夢を通して示された
「魂のブループリント」へのアクセスへと繋がっていきます。
セブンイレブンの屋上ATM:閉鎖されるという知らせ
さらに印象的だったのは、セブンイレブンの屋上にあるATMが「もうすぐ使えなくなる」と誰かに伝えていた夢です。
セブンイレブンという日常の象徴。
その“屋上”という、ふだんは人が立ち入らない高い場所にATMがあるという違和感。
そして、そのATMが「まもなく閉鎖される」という知らせ。
私はそのことを、誰かに伝えていた——つまり、“お知らせ役”としての自分がそこにいたのです。

今になって思えば、「ATM=Access To Matrix」つまり“魂の設計図へのアクセス手段”がこれから変わっていく、あるいは一旦閉じられる、という象徴だったのではないでしょうか。
そして、この深い浄化の夢の直後、現実世界で新たな扉が開きました。
行政での「ハイリスクの妊婦さんや産後の母子に、
多職種が協力して関わりケアしていく訪問活動」への参加依頼が舞い込んだのです。
これは、私が夢見ていた「心も体も癒される総合的な産後ケア施設」という
「究極の産後ケア施設」の夢が、行政という「母なるマトリックス」の中で、
具体的かつ多職種連携という形で動き出した瞬間でした。
終章:宇宙の愛に導かれる魂のブループリント
振り返れば、私の夢の変遷は、一糸乱れぬ精緻さで私を導いてきました。
幼い頃の心の傷、娘の病気という試練、疲弊した過去の働き方、
そして「マトリックス」という深遠なメッセージ。
それら全てが、私が自ら導き出した
**「いのちの営みは神への奉仕であり崇高な祈りである」**
という真理を体現し、私がこの人生で果たすべき魂の使命へと繋がっていくための、
完璧な「魂のブループリント」として存在していたのです。
講座の最後に描いた曼荼羅図は、まさにこの魂のブループリントであり
宇宙の秩序と調和を象徴する私の内なる宇宙そのものです。
ATMのMが「マトリックス」であり「曼荼羅」であるという解釈は、
私自身の内側に、この人生で何を創造し、どのように生きるかという
「設計図」が、美しく秩序だって存在していることを確信させてくれました。

私の人生は、もはや偶然の出来事の連続ではありません。
それは、宇宙の愛に導かれ、魂のブループリントを紐解き、具現化していく、
壮大な創造のプロセスなのです。
そして私は今、その流れに乗って、私自身の内なる光と、
多くの母子の光を紡ぐ旅を、喜びと共に歩み続けています。